“御朱印帳”と”ほのぼの観音” | 豊川稲荷東京別院(赤坂)にて御朱印帳/大岡祭

「そもそも”御朱印”って何か疑問に思う方もいらっしゃりますよね」。

東京は赤坂にある豊川稲荷東京別院※に仏画師・清水心澄さんの絵が起用された御朱印帳が置かれる。清水心澄:関連記事はこちら

画:仏画師・清水心澄

心澄ー「1000年程前から”納経”といって、現世・来世の幸せを願ったり、供養のために写経を全国の霊場にお渡しする習わしがありました。近代、その納経の証として渡された印影が御朱印と呼ばれるようになったそうです」。

この印影を集めた印影帳のことを御朱印帳と呼んでいる。

御朱印帳は、経文を持ち歩く不便さや、お参りして金銭等を奉納することも納経となったため、現在では参拝者が授与所で数百円でいただく参拝の記録ともなっている。

祈り、願うという発心さえあれば、誰でも受けられる恩恵なのである。

9月22日、国会議事堂と赤坂御用地の間に位置する豊川稲荷東京別院(本院は愛知県、初詣ランキングにも入る有名神社である)にて、大岡祭が開催される。この日より清水心澄のほのぼの観音絵が表紙となる御朱印帳がお披露目となる。

御朱印帳(清水心澄:2018年9月)

心澄さんの代表的な絵に「ほのぼの観音」がある。ねぷた絵や灯篭画、武者絵、お寺に納める仏画を描く心澄さんの画風からは想像しにくい絵であるが、人気は根強い。

この絵を描き出し、そして、引き続き描いているには理由がある。

神、仏はすぐそばで見守ってくれているー 神、仏の存在を身近に感じてもらいたいと描き出した今風の仏画であり、人々を安心させた。曹洞宗の尼僧として、娘たちを率いる母として、心澄さんは人生を賭して人間の在り方を教えていく。

しかし、そこに立ち止まる出来事もあった。人としてこれ以上ない苦しい経験をしながらも、そんな時でも、心澄さんは自らの生き方を貫こうと決め、「なんとかなるさ!ひとりじゃないー」と持ち前の笑顔を以て、このほのぼの観音様を日々描いてきた。

歩むことをやめない。辛いのではなく楽しく。ほのぼのと、神、仏とともに。

その清水心澄の生き方に共感するファンは多く、個展ではお客さんでひしめきあう。にも関わらず、会場で個展そっちのけで来場者の人生相談にのっている姿が珍しくないー 敷居の低さ、心澄さんは、まさに目に見えるほのぼの観音そのものである。

豊川稲荷東京別院「大岡祭」にて

大衆に馴染んだ御朱印帳と、大衆に親しんでもらおうと考えたほのぼの観音絵はからは、同じ色を感じる。
今と新しき世の良い姿を思い浮かべながら、ほのぼのと、参拝を試みてみるのはいかがでしょうか

-memo-

豊川稲荷東京別院

※豊川稲荷東京別院:豊川荼枳尼天(通称:豊川稲荷)を厚く信仰していた大岡越前の自宅から分霊して祀ったことがきっかけとなり出来た寺。祈祷場として名高く、都内中心部に位置することから沢山の祈祷依頼者や参拝者が日々訪れている。芸事向上の神様でも有名で、著名な芸能事務所や音楽事務所、芸能人の方の祈祷場所としても有名であり、平日でも1000人近い数が訪れることもある。

※大岡祭:豊川稲荷東京別院で毎年開催される大祭。平成30年は9月22日(土)に行われる。一般の方も自由に出入り出来、毎年沢山の人で賑わう。

※現地に赴けない方のためにオンラインショップでも販売している。(少数、一種類のみ)

清水心澄 (しみずしんちょう):1969・2・11青森市生まれ。地元子供会の子供ねぷたを父親が描いていた姿に憧れる。1998年、バイト先でねぷた絵師と知り合い、一念発起して絵を学ぶ。ねぷた絵師 相馬春陽に弟子入り、灯籠画を学ぶ。2005年、糸魚川に移住、日本赤十字団糸魚川支部に入団。翌年からはお悩み相談会をするなど、社会や人への役立てる自分を探すようになる。2008年に出家得度し、曹洞宗の僧としてお務めを始める。その後、絵画の腕が認められ、TVメディアに取り上げられるなどして海外個展なども行うようになる。子供たちや地元への指導やサポートを重視し、講習会や地元新聞の月一回の絵画とコラム提供をするようになり、現在に至る。